テニスの世界では、「ジャックナイフ」や「エアーケイ」と呼ばれる必殺技のようなショットが存在することが広く知られています。
「ジャックナイフ」は、ジャンプをしながら打つバックハンドショットのことで、海外では単純に「ジャンピングバックハンド(jumping backhand)」と呼ばれています。
これと同様に、ジャンプをしながら打つフォアハンドショットは、一般的には「ジャンピングフォアハンド(jumping forehand)」と呼ばれているわけですが、錦織圭選手がこれを得意としていることから、錦織選手が打つジャンピングフォアハンドは、特に「エアーケイ(Air-K)」と呼ばれています。
これらのショットは、「観客をわかせるための単なるパフォーマンスでしょ?ジャンプする意味ないでしょ?」と言われることがあります。
確かに、パフォーマンスとしての側面もあることは事実ですが、これらのショットは、実は、通常のショットには無いメリットを持つ、実用的なショットなのです。
この記事では、そのメリットについて解説していきます。
ジャンピングショットのメリット
「エアーケイ」や「ジャックナイフ」などのジャンピングショットのメリットは、次の3つにまとめることができます。
➀高い打点、かつ「力の入れやすい打点」でボールを打つことができる
ストロークを打つ場合、肩の高さや顔の高さくらいの打点であれば、打ちやすい(力を入れやすい)のですが、それよりも打点が高くなってくると、力を入れにくくなり、強いボールを打つことが難しくなってきます。
特に、大きな筋肉を使いにくいバックハンドストロークでは、高い打点の強打は難しいです。
だからといって、高いボールが打ちやすい高さまで落ちてくるのを待っていると、相手に時間を与えてしまったり、自分のポジションを後ろに下げなければいけなくなったりしてしまいます。
しかし、ジャンプをすれば、打点の高さを下げることなく、なおかつ、力の入りやすい打点で打つことが可能となります。
錦織選手は、エアーケイを打ち始めたきっかけについて、「小学生の頃は、背が小さくて、高いボールを打つことが苦手だった。その解決策として、ジャンプをして、できるだけ自分の胸元の打点でボールを打てるようにした。」という主旨の話をされています¹。
➁ラケットのスイング中、体の軸が真っすぐになり、ショットが安定する
地面に足をつけた状態で、膝の曲げ伸ばしを行いながらストロークを打つ場合よりも、体が宙に浮いた状態でストロークを打つ場合の方が、体の軸が真っすぐ(地面に対して垂直)になる、という実験データがあります²。この実験は、東京大学身体運動科学研究所で、錦織選手を対象に行われたものです。
体の軸が真っすぐになるということは、ストロークの動作における回転運動の軸が真っすぐになるということですから、ストロークの精度は高くなると考えられます。
なお、通常のストロークを打つ際に、体の軸が傾く理由は、次のようなものだと考えられます。
すなわち、地面を足につけた状態で膝の曲げ伸ばしを行いながらストロークを打つ場合、バックスイングを行う段階で、右足または左足のどちらか一方に、より多くの体重がかかることが通常です。例えば、右利きの人が、オープンスタンスでフォアハンドストロークを打つとき、踏み込んだ右足に多くの体重がかかります。それによって、体の軸も、やや右に傾くことになります。
ジャンピングショットを打つ場合は、体が空中にある間、膝の曲げ伸ばしの動作がないため、体の軸を真っすぐに保つことができると考えられます。
➂通常のストロークよりも大きな力を発揮することができ、ショットの威力が上がる
先ほどご紹介した東京大学身体運動科学研究所における実験では、錦織選手がエアーケイを打つ場合、通常のフォアハンドストロークを打つ場合と比較して、右肩で発揮する力が1.25倍になっているというデータが得られていました²。
これは、ジャンピングフォアハンドの方が、通常のフォアハンドストロークよりも、強いボールを打ちやすいということを意味しています。
ジャンピングショットのデメリット
では、「エアーケイ」や「ジャックナイフ」などのジャンピングショットにデメリットはあるのでしょうか。
私は、デメリットはないと考えていますが、あえてデメリットを挙げるとすれば、通常のストロークと比べて、ジャンプをする分、やや体力を消耗するということでしょうか。
ジャンピングフォアハンドが、ジャンピングバックハンドに比べてあまり使われない理由
皆さんも、プロプレーヤーの試合をご覧になっていてお気づきになるかもしれませんが、ジャンピングバックハンドを目にする機会は、かなり多いのに対して、ジャンピングフォアハンドを目にする機会は、それほど多くありません。これは、なぜなのでしょうか。
その理由は、高い打点で打つバックハンドストロークは、高い打点で打つフォアハンドストロークよりも、一層、打ちにくい(力を入れにくい)ということだと考えられます。フォアハンドであれば、ジャンプをしなくても、高い打点で強打できることが多いということです。
錦織選手も、現在は、ジャンピングバックハンドは多用していますが、エアーケイは以前ほど使用していません。
それは、できるだけ省エネのテニスをするために、必要な場合だけジャンプをするという考え方になったからかもしれません。
もっとも、前述したジャンピングショットの3つのメリットは、決して小さいものではなく、錦織選手以外のトッププロも、ジャンピングフォアハンドを使用しています。その中でも、ニック・キリオスは、ジャンピングフォアハンドを多用しています。
片手打ちの選手によるジャンピングバックハンド
なお、ジャンピングバックハンドは、かつては、両手打ちの選手の技として認識されていましたが、近年では、片手打ちの選手も使用するようになっています。
片手打ちであろうと、両手打ちであろうと、高い打点で強打をするために、ジャンプをすることが有効であることに変わりはありません。
まとめ
ジャンピングフォアハンドやジャンピングバックハンドは、実用的なものであって、特に、ジャンピングバックハンドは、それを用いることに大きなメリットがあります。
競技者の方には、是非とも習得していただきたい技術ですので、まだ習得されていない方は、トッププロの映像を参考にして、練習してみてください。
¹ Wilson Tennis Japan. "ウイルソンテニス新製品発表会 with 錦織圭選手"<https://www.youtube.com/watch?v=khqwSFWX9W8>(参照日2020年10月10日)
² 『My Revolution~男子テニス界の星 錦織圭~特別版』(テレビ東京、2011年9月19日(月)08時30分~09時00分)