「彼の打つボールは、速いし、重いです。」
テニスの試合をテレビで見ていると、よくこんな解説が聞こえてきます。
「『速い』は分かるけど、『重い』って、いったいどういうことよ?」
皆さんの中にも、このような疑問を抱かれる方がいらっしゃるのではないでしょうか。
今回は、この「重いボール」の正体について、解説をしていきたいと思います。
「重いボール」の意味
議論の対象となる「重さ」
私達がラケットでボールを打つことによって、そのボールに加えることができるのは、①スピード(速度)と②回転だけであって、ボール自体の物理的な重さ、すなわち質量(ニュートン力学における質量です。)を増加させることはできません。
したがって、「重いボール」と言うときの「重さ」は、ボールの質量のことではなく、ボールの受け手における「感覚的な重さ」であることは間違いありません。
ボールを「重い」と感じさせるものは何か?
それでは、プレーヤーに「重い」という感覚を与えるものは、いったい何なのでしょうか。
私は、それは、運動エネルギーに他ならないと考えています。
つまり、飛んできたボールの運動エネルギーが大きい場合は、ラケットに伝わる衝撃が大きくなりますので、ボールが「重い」と感じられるのです。
物体の運動エネルギー(K)の計算式は、物体の質量をm、その速度をvとしたとき、K = ½mv² です。ボールの質量(m)は一定ですから、ボールの運動エネルギーが大きい場合というのは、すなわち、ボールの速度(v)が大きい場合です。
ボールが「重い」と感じられる典型的な例は、相手の打ったボールをドライブボレーで打ち返す場合です。 ドライブボレーを打つときは、ボールをバウンドさせてグラウンドストロークを打つときよりも、ボールを重たく感じると思います。
テニスボールは、地面にバウンドすることによって、減速します*¹。 バウンドによる減速の程度は、ボールの回転やコートサーフェスなどの条件によって大きく変わってきますが、フラット(無回転)のボールは、バウンドにより38%~49%減速するというデータがあります(Pallis, 2002)。 仮に、バウンドによる減速を40%とすると、バウンド直前まで時速60kmだったボールは、バウンド直後には時速36kmになります。
ドライブボレーでは、バウンド前の、すなわち失速前のボールを打ちますので、失速後のボールを打つグラウンドストロークの場合と比較して「重い」と感じるのです。
*¹飛行中のボールの速度は、「水平方向( ←→ )の速度」と「垂直方向(↓↑)の速度」の2つのベクトルに分解して考えることができますが、ボールがバウンドすることによって、どちらの速度も減速します。水平方向の速度が減速するのは、地面との摩擦によって運動エネルギーが減少するためです。また、垂直方向の速度が減速するのは、バウンド時におけるボールや地面の変形に運動エネルギーが使われるためです。
「重いボール」とは?
以上のように、運動エネルギーこそが、プレーヤーに「重い」と感じさせるものであるとすると、「重いボール」とは、ボールの受け手に到達した時点で、大きな運動エネルギー、すなわち大きな速度を持っているボールであると説明することができます。
ボールの「重さ」に影響を与える3つの要素
受け手に到達する時点でのボールの速度(=ボールの「重さ」)を決めるのは、主として、次の3つの要素です。
①ボールの初速
②ボールがバウンドする際の入射角
③ボールの回転
①ボールの初速
これは当然のことですが、ラケットで打たれた直後のボールの初速が大きければ大きいほど、受け手に到達した時点での速度も大きくなります。
②ボールがバウンドする際の入射角
ボールは地面にバウンドすることによって減速するというのは前述の通りですが、バウンドの際の入射角は、その減速の程度に影響を与えます。
すなわち、入射角が小さい場合は、バウンドの際にボールが地面に押し付けられる力が弱くなり、したがって、ボールに作用する摩擦力が小さくなります。そのため、入射角が小さい場合は、バウンドによる減速が小さくなります。
③ボールの回転
先ほど、フラットのボールが地面にバウンドすると、38%~49%減速するというお話をしました。しかし、ボールにトップスピンがかかっている場合は、バウンド時に地面からの摩擦力が作用する時間が短くなり、減速の程度が小さくなることが分かっています。逆に、スライス(アンダースピン)がかかったボールは、バウンドによる減速の程度が大きくなります。
2つの「重いボール」
それでは、受け手に到達した時点で大きな速度を持っているボールとは、具体的には、どのようなボールでしょうか。
前述の3つの要素を前提に考えると、現実に私達が「重い」と感じるボールは2つです。
1.初速が速く、直線的弾道のフラット系のボール
まず、1つ目は、初速が速く、直線的な軌道でネットのわずか上を通過するフラット系のボールです。
フラット系のボールは、一般的に、回転のかかったボールよりも初速が速くなります(要素①)。
そして、直線的な軌道でネットのわずか上を通過するボールは、バウンドの際の入射角が小さくなりますので、減速の程度が小さくなります(要素②)。
したがって、受け手に到達する時点でも、比較的大きな速度を持っていることになります。
2.強烈なトップスピンがかかったボール
そして、2つ目は、強烈なトップスピンがかかったボールです。
ボールに強烈なトップスピンがかかっていると、そのボールがバウンドしても、あまり失速しません(要素③)。ボールに毎分3000回転(=3000 rpm)のトップスピンがかかっている場合、バウンドによる減速は、11%~28%にとどまるというデータがあります(Pallis, 2002) 。仮に、バウンドによる減速を15%とすると、ボールに毎分3000回転のトップスピンがかかっている場合、バウンド直前に時速60kmの速度を持ったボールは、地面にバウンドした後も、時速51kmの速度を保っているということになります。
ちなみに、ナダルのフォアハンドストロークで打たれたボールには、毎分4000回転を超えるトップスピンがかかることもありますので、そうすると、そのボールは、バウンド後も、ほとんど減速していない可能性があります*²。
*²この点についてのデータがないか、少し調べてみましたが、見つけることはできませんでした。プロツアーで導入されているHAWK-EYEを使えば、バウンド前後の速度を測定できるはずですので、もしご存知の方がいらっしゃったら、教えていただけますと嬉しいです。
このように、強烈なトップスピンがかかっているボールは、受け手に到達した時点でも大きな速度を持っており、受け手には「重い」と感じられるのです(もちろん、それなりの初速も必要ですが。)。
補足
なお、ボールは、バウンドによって減速するだけではなく、その飛行中に、空気抵抗によっても減速します。バウンド前の飛行中にも減速しますし、バウンド後、受け手のラケットに到達するまでの間にも減速します。したがって、2人のプレーヤー間の距離が短い場合の方が、空気抵抗を受ける時間が短くなるので、ボールは、より「重く」感じられることになります。
例えば、ベースライン付近に飛んできたボールを、ベースライン上でライジングで打ち返す場合は重く感じられるようなボールであっても、ベースラインよりも3メートル後方に下がって打ち返す場合には、すでにボールが減速しているため、重く感じないということがあります。
まとめ
「重いボール」とは、受け手に到達した時点でも、大きな速度を持つボールであるということを解説してきました。
ただ、この「重い」という感覚は、「予想より重い」とか「普段経験している感覚よりも重い」というような、相対的に「重い」という感覚だと思います。
私が頑張ってトップスピンをかけてボールを打つと、スクールの生徒さんからは、「平野コーチのボールは重いですね!」とお褒めの言葉をいただきますが、いつもナダルのボールを受けている人からしたら、「平野コーチのボールは、軽くて打ちやすいな!」と感じられるはずです。
つまり、全く同じ速度と回転のボールが、ある人にとっては「重い」と感じられ、ある人にとっては「軽い」と感じられる可能性があるのです。
「重いボール」という言葉自体に、私達が違和感を感じる理由は、そこにあるのかもしれません。
<参考資料>
・Rod Cross, Crawford Lindsey著、常盤泰輔訳『テクニカル・テニス―ラケット、ストリング、ボール、コート、スピンとバウンドの科学』(丸善プラネット、2011年)
・Jani Macari Pallis. "Follow The Bouncing Ball: Ball/Court Interaction - Part Ⅲ". The Tennis Server. http://www.tennisserver.com/set/set_02_11.html, (参照日 2019-6-18) .