今回は、シングルスの戦術に関するお話の第3回目です。
第1回目では「合理的待機位置」について、第2回目では「オープンコート」について、説明をしました。
第1回目⇩
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シングルスにおける「合理的待機位置」とは?(ポジショニング論)
Photo by Marianne Bevis これから、数回に渡って、テニスの「戦術」についてのお話をしていきたいと思 ...
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第2回目⇩
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シングルスにおける「オープンコート」とは?
今回は、テニスの戦術に関するお話の第2回目です。 第1回目の前回は、合理的待機位置についてのお話をしました。 まだ前回の ...
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第3回目の今回は、いよいよ、攻撃における具体的な戦術を紹介していきます。
テニスでポイントが決まる4つのパターン
具体的な戦術のお話をする前に、テニスの戦術を理解するために必要な事柄を、もう少しだけ説明させてください。
まず、テニスというスポーツにおいて、ポイントが決まるパターンを確認しておきましょう。
テニスで、ポイントが決まるパターンは、次の4つに分類することができます。
Ⅰ サービスエース、ウィナーによって決まる
相手の打ったボールに触れることができない場合です。相手の打ったボールに追いつくために必要な時間がない場合と言えます。
Ⅱ ボールを打ち返すための十分な時間がないために生じるエラーによって決まる
相手の打ったボールに触れることはできるが、それを打ち返すための十分な時間がないためにミスをしてしまう場合です。
Ⅲ 相手のボールの変化に対応できないために生じるエラーによって決まる
ボールを打ち返すための時間的な余裕があるが、相手のボールが、曲がる、跳ねる、滑る、などと変化することに対応できず、ミスをしてしまう場合です。
Ⅳ 単なるエラー(凡ミス)によって決まる
ボールを打ち返すための時間的な余裕があり、相手のボールが特別な変化をしたわけでもないが、自らのミスで、相手のコートに打ち返すことができない場合です。なお、試合のテレビ中継などで表示される「スタッツ(stats)」の中に「アンフォーストエラー(unforced errors)」という項目がありますが、このアンフォーストエラーの中には、ⅡやⅢのエラーが含まれることもあり、このアンフォーストエラーとⅣのエラーは同義ではありません。もちろん、Ⅳのエラーは、すべてアンフォーストエラーに含まれます。
相手の時間を奪う方法
上のⅢとⅣのパターンは、プレーヤーの技術レベルが上がるにつれて、少なくなっていきます。つまり、技術レベルが高いプレーヤーであれば、時間的な余裕さえあれば、どのようなボールが来ても返球できる可能性が高いということです。
そこで、いかにして、ⅠとⅡのパターンでポイントを取るか、すなわち、いかにして相手から時間を奪うか、ということを考えることが重要になってきます。
「相手から時間を奪う」というのは、「相手にボールを打ち返すための時間を与えない」ということです。
それでは、次に、時間を奪う方法を整理しておきましょう。
相手の時間を奪う方法は、次の4つに分類することができます。
①相手から遠い所に打つ
相手から遠い所にボールを打てば、相手は、その場所に移動するために時間を費やすことになりますので、相手からボールを打ち返すための時間を奪うことになります。
②速いボールを打つ
自分の打ったボールが速ければ速いほど、相手にそれを打ち返すための時間を与えないことになります。
③早いタイミングでボールを打つ
自分がボールを打つタイミングが早ければ早いほど、相手に合理的待機位置に戻る時間、ひいては、ボールに追いつく時間を与えないことになります。
ボールが地面にバウンドして、上昇している途中で打てば(ライジングで打つということ。英語では、hit the ball on the rise と言います。)、早いタイミングと言えますし、相手のボールをノーバウンドで打ち返すボレーは、さらに早いタイミングとなります。
④相手に近い所(ネットに近い所)から打つ
相手に近い所からボールを打てば、より早く相手のコートにボールが到着することになりますので、相手の時間を奪うことになります。
また、相手に近い所から打つということは、相手のボールを早いタイミングで打ち返すことができるということでもあります(③参照。)。
さらに、ネットに近い所からであれば、角度をつけてボールを打つことができ、したがって、相手から遠い所にボールを打つことができることになります(①参照。)。
攻撃における基本的な戦術(総論)
以上の4つの方法を念頭に置いて、攻撃における戦術を考えてみましょう。
まず、②や③の方法を用いても、相手の正面に打っていては、簡単に得点することはできません。また、④の方法は非常に効果的ですが、テニスはサービスとレシーブから始まりますので、最初からネットの近くで打つということは、基本的にはできません。
したがって、より高い確率で得点するためには、①の方法を採用する必要があります。
そこで、①と②の方法を採用して、ライン際に速いボールを打つという方法が考えられます。
ただ、これですと、自分のボールがアウトする危険性が高くなりますので、いつもライン際を狙うというのは得策ではありません。
最初からライン際を狙うのではなく、相手をいったん合理的待機位置から動かし、相手が合理的待機位置に戻る前に、ボールを返球するという方法を取れば、必ずしもライン際を狙わなくても、十分に相手から遠い所にボールを打つことが可能となります。
そのようにして、相手から遠い所にボールを打った結果、そのボールが相手のオープンコートに入れば、高い確率で得点できますし、オープンコートには入らなくても、相手に返球のための時間的余裕がなければ、エラーをしてくれることもあります。
このように、「自分のエラー(アウト)のリスクを抑えつつ、①の方法で相手の時間を奪う」べく、相手をいったん合理的待機位置から動かし、オープンコートないしそれに近いエリアを狙ってボールを打つというのが、攻撃における基本的な戦術となります。
簡単に説明すると、「相手を右に動かしたら、次は左に打つ。」「相手を前に動かしたら、次は後ろに打つ。」「相手を後ろに動かしたら、次は前に打つ。」ということです。
そして、この戦術の成功率を高めるために、②、③、④の方法を臨機応変に取り入れることが大切となります。
トッププロによる実例(各論)
それでは、このような戦術の具体例を見てみましょう。
具体例その1
2017 WTA Finals Round Robin | Shot of the Day | Karolina Pliskova
このポイントで使われている攻撃的戦術
・「クロスに打ってから、ストレートに打つ」
ここでの主役は、元世界ランキング1位、チェコのプリスコバです。
プリスコバの相手は、こちらも元世界ランキング1位、スペインのムグルッサです。
0:08までは、お互い、いわゆるセンターセオリーに従って、ボールをセンターに集めていますね(センターセオリーについては、次回の記事で解説します。)。
そして、0:09で、相手のムグルッサがサイドに攻撃をしかけてきたのをきっかけに、プリスコバがするどいバックハンドをショートクロス(浅いクロス)に打ちます。
これによって、ムグルッサはシングルスサイドラインの外に追い出されます。
この時、ムグルッサのコートのデュースサイド側にオープンコートができています。
プリスコバは、このチャンスを逃さず、バックハンドストロークでボールをオープンコートに打って、見事にウィナーを取った、というポイントです。
プリスコバは、オープンコートを作って攻撃する中で、相手の時間を奪う方法②と③を併用した結果、ウィナーを取ることができたと言えます。
つまり、プリスコバが最後のバックハンドをダウンザラインに打つとき、ムグルッサのボールをショートバウンド(ライジングの一種。地面にバウンドした直後に打つこと。)に近いタイミングで、すなわち早いタイミングで打っています(②)。
これによって、ムグルッサは、合理的待機位置に戻ることができず、自分のコートにできたオープンコートを無くすことができませんでした。
また、そのオープンコートに放たれたボールは、フラットで速いですね(③)。仮に、ムグルッサが合理的待機位置に戻れていたとしても、このスピードのボールを返球することは難しかったと思います。
具体例その2
Hot Shot: 'Simply Gorgeous' From Haase In Rotterdam 2019
このポイントで使われている攻撃的戦術
・「クロスに打ってから、ストレートに打つ」
・「相手をベースラインの後方に下がらせてから、ドロップショットを打つ」
・「ドロップショットで相手をネット前におびき出してから、ロブを打つ」
ここでの主役は、オランダのロビン・ハーサです。
相手は、カザフスタンのミハイル・ククシュキンです。
まず、ハーサは、アドバンテージサイドからワイドにサーブを打ち、ククシュキンをサイドラインの外に追い出します。
そして、ハーサは、返ってきたボールをバックハンドでストレートに打ちます。
この時、ククシュキンは、ほぼ合理的待機位置まで戻っていますので、完全なオープンコートはできていないのですが、ハーサはバックハンドをライジングで打っていますので、ククシュキンにとっては時間的な余裕がなく、次の返球が浅くなってしまいます。
次に、ハーサは、ククシュキンがベースラインの後方にいることを見て、前方のオープンコート付近にドロップショットを打ちます。
このドロップショットは、ククシュキンのオープンコートには収まらず(もっとも、ハーサは、そこまで厳しい所は狙っていないと思います。)、ククシュキンに拾われますが、返ってきたボールに対して、ククシュキンの後方のオープンコートに向かってロブを打ち、見事にウィナーを取った、というポイントです。
このポイントは、ハーサが、ククシュキンのコート上のオープンコートを狙って攻め続けているわけですが、ハーサは、バックハンドのダウンザラインと、フォアハンドのドロップショットをライジングで、すなわち早いタイミングで打っており(②)、ククシュキンに合理的待機位置に戻る時間を与えないようにしながらプレーをしています。
ちなみに、最後のロブは、ボレー(ロブボレー)で打っても良かったと思いますが、ククシュキンをよりネットの近くにおびきだすために、あえてワンバウンドさせて(つまり、あえてタイミングを遅らせて)打ったのだと推測します。
具体例その3
Mahut Shows Off Hot Shot Hand Skills Paris 2017
このポイントで使われている攻撃的戦術
・「クロスに打ってから、反対方向のクロスに打つ」
・「相手をベースラインの後方に下がらせてから、ドロップボレーを打つ(スニークインを利用)」
ここでの主役は、元ダブルスの世界ランキング1位(ダブルスの生涯グランドスラム達成者です!)、フランスの二コラ・マウです。
相手は、スペインのパブロ・カレーニョ・ブスタです。
まず、マウは、デュースサイドからワイドにスライスサーブを打ち、カレーニョ・ブスタをサイドラインの外に追い出します。
マウは、返ってきたボールをライジングで、カレーニョ・ブスタのオープンコートに向かって打ちます。ライジングで打っているため、タイミングは早かったのですが、ボールのスピードが遅かったため、カレーニョ・ブスタに拾われてしまいます。
ただ、それでも、カレーニョ・ブスタにとっては時間的余裕がなかったため、なんとかスライスで返球することしかできませんでした。
それを予測したマウは、カレーニョ・ブスタが返球する前から、ネットに向かって走り出し、ネット前にポジションを取っています。これは、相手の時間を奪う方法④を取ったと言うことができます。
そして、カレーニョ・ブスタの前方のオープンコートにドロップボレーを打ち、見事にウィナーを取ったというポイントになります。
このような、相手が不十分な体勢でボールを打つことを予測して、相手がボールを打つ前に予めネット近くのポジションをとるプレーのことを、「スニークイン(sneak in)」、あるいは「スニークアタック(sneak attack)」と呼んでいます。
「スニーク(sneak)」というのは、「こっそりと」(形容詞)、または、「こっそり~する」(動詞)というような意味です。
この「スニークイン」はとても重要なテクニックですので、もう1つ具体例を見ておきましょう。
Hot Shot: Mahut Hits Clutch Backhand Volley Paris 2017
このポイントでも、マウは、逆クロスへのフォアハンドを打った後、相手(ポスピショル)がスライスで返球してくることを予測して、スニークインしています。そして、オープンコートにドロップボレーを決めています。
まとめ
トッププロによる実例を見ていただいたように、相手を動かしてオープンコートを作り、そのオープンコート付近を狙ってボールを打つことが攻撃における基本的な戦術となります。
そして、その戦術の成功率を上げるために、相手の時間を奪う方法②~④を、いかに上手く使うか、ということが重要となります。
相手の時間を奪うためには、当然、「技術」が必要です。
したがって、「技術」なくして「戦術」は成り立ちません。
指導者の私達は、これを忘れずに生徒の指導にあたることが大切だと考えています。
次回は、シングルスにおける「守備的」戦術について解説します⇩
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