アンダーサーブとは、肩よりも低い打点で打つサーブのことで、海外では、アンダーアームサーブ(underarm serve)、またはアンダーハンドサーブ(underhand serve)と呼ばれています。
アンダーサーブは、テニスのルール上は禁止されているものではなく、アマチュアのプレーヤーがこれを打つことは、それほど珍しいことではありません。
しかし、真剣勝負の世界に身を置く競技者が、試合でアンダーサーブを打つことはほとんどなく、とりわけ、プロの世界では、昔から、禁じ手の1つであるかのように扱われてきました。
これは、ソフトテニスの世界で、「カットサーブ」という回転をかけたアンダーサーブが一般的に用いられてきたこととは対照的です。
ところが、近年、硬式テニスでも、このアンダーサーブに対する見方が変わりつつあるように感じています。
この記事では、その背景について考えてみます。
マイケル・チャンのアンダーサーブ
まず、最初に、テニスの歴史上で最も有名なアンダーサーブの動画を見ておきましょう。
1989年の全仏オープン4回戦で、当時17歳のマイケル・チャンが、当時世界ランキング1位のイワン・レンドルを相手に打って、議論を呼んだアンダーサーブです。
※動画の再生ボタンを押すと、アンダーサーブが使用されたポイントが再生されます(3:26:44~3:27:43)。
ちなみに、マイケル・チャンは、その後、現役中に公式戦でアンダーサーブを打つことは一度もありませんでした。
なぜ、アンダーサーブは禁じ手とされてきたのか
そもそも、なぜ、アンダーサーブは、ルール上認められているにもかかわらず、これまで禁じ手のように扱われてきたのでしょうか。
その理由は、以下の3つに整理することができます。
理由➀
まず、アンダーサーブは、肩よりも上の打点で打つ通常のサーブ(「オーバーアームサーブ」と言います。)と比べて球威を出すことができず、オーバーアームサーブを打った方がポイントを取りやすいからです。アンダーサーブを打てば、サーバーが劣勢に立たされる可能性もあります。オーバーアームサーブを打てるのであれば、アンダーサーブを打つ意味がないということです。
理由➁
また、アンダーサーブを打つことは、対戦相手に対して失礼、ということが挙げられます。相手に対して失礼と評価されうる理由は、2つあります。
1つ目は、アンダーサーブを打つことは、「あなたに対しては、アンダーサーブで十分」という態度、あるいは、全力でプレーをしていない、やる気のない態度であると受け取られる可能性があるということです。
2つ目は、アンダーサーブは、相手の意表をついて、突然に打ちますので、「相手がレシーブの準備(特に心の準備)を完全に完了させていないうちにサーブを打つ」という点が卑怯だということです。
以上のようなことから、「アンダーサーブは、スポーツマンシップに反する」と言われることもあります。
理由➂
さらに、プロの世界では、観客に対して失礼、ということもあるでしょう。観客は、お金や時間をかけてプロの試合を観ているわけですから、当然、プロならではの素晴らしいプレーを期待しています。アマチュアのビギナープレーヤーでも打つことのできるアンダーサーブを見ることなど、通常は期待していないのです。
アンダーサーブの戦術的利用
ところが、近年では、プロツアーの中でアンダーサーブを打つ選手が何人もいて、アンダーサーブは、それほど珍しいものではなくなりつつあります。
それは、以下のように、アンダーサーブが戦術的に使われるようになってきたためです。
すなわち、近年では、ビッグサーバーへの対策として、ベースラインよりも、はるか後ろにレシーブのポジションを取る選手が出てきました。ラファエル・ナダルやドミニク・ティームが、その代表です。
サーバーとレシーバーの距離が長くなればなるほど、サーブは、レシーバーに到達するまでの間に大きく減速しますので、レシーブポジションを後ろにすることで、ビッグサーブ(高速サーブ)を返球できる可能性が高くなるのです。
このように、レシーバーのポジションがかなり後ろである場合、サーバーとしては、頑張って速いサーブを打つという力勝負を選択するよりも、ネット前にドロップショットのようなアンダーサーブを打って、相手をネット前に走らせるという選択をした方が、スマートではないかと思えてくるわけです。
レシーバーが、ベースラインよりも、はるかに後ろに立っているということは、レシーバーのネット前にオープンコートができているということを意味します。
オープンコートにボールを打つことは、攻撃的戦術の基本ですから、アンダーサーブで、ネット前のオープンコートにボールを落とすことは、ラリー中のドロップショットと同様に、まさに、戦術理論に適合するものと言えます。
そして、一度アンダーサーブを見せておけば、相手はアンダーサーブを警戒しますので、相手のレシーブポジションを少し前にさせることができるかもしれません。
このようなことから、現在では、複数のトッププロが、アンダーサーブを使用するようになってきています。
それでは、実際に、トッププロがアンダーサーブを使用した例を見てみましょう。次の動画は、2019年にプロツアーの中で使われたアンダーサーブの一部をまとめたものです。
特に、ニック・キリオスは、アンダーサーブを多用していますが、それは彼が世界トップクラスのビッグサーバーであることとも関係しています。ビッグサーバーであればあるほど、相手のレシーブポジションは後ろになりますので、アンダーサーブが功を奏する機会が増えることになります。
上の動画の中には入っていませんが、史上最高のビッグサーバーの1人であるイボ・カルロビッチも、相手のポジションが後ろであることを見て、アンダーサーブを使用したことがあります。
なお、キリオスは、「アンダーサーブと見せかけて、オーバーアームサーブを打つ」というテクニックも披露しています。
これは、相手がアンダーサーブを警戒しているからこそ活きてくるものであって、アンダーサーブを多用するキリオスならではのテクニックと言えます。
彼は、アンダーサーブを使って、テニスの新たな境地を開拓した選手として、後世まで語り継がれるかもしれません。
アンダーサーブに対する評価の変化
このように、プロツアーの中で、頻繁に、戦術的なアンダーサーブが見られるようになったことで、アンダーサーブに対するテニスファンの見方も変わりつつあるのではないかと思います。
ここで改めて、アンダーサーブが禁じ手のように扱われてきた理由が、現代のアンダーサーブにも当てはまるのかどうかについて検討してみましょう。
まず、前述のように、アンダーサーブに戦術的な利用価値が出てきたことからすると、「あえてアンダーサーブを打つ意味がない」という理由➀は当てはまらないことになります。
対戦相手に対して失礼だという理由➁については、どうでしょうか。
相手(レシーバー)のポジションが後ろであるという状況で、戦術的な意図を持ってアンダーサーブを打つことは、決して相手を見下した態度の現れとは言えないでしょうし、全力でプレーをしていないとも言えないのではないでしょうか。
相手の準備ができていないうちに打つ点については、確かに卑怯とも言えますが、本来、サーバーがポジションについたら、レシーバーも直ちに準備を済ませなければいけないとも言えます。また、レシーバーの頭の中に「アンダーサーブが来るかもしれない」という予測があれば、そもそも、レサーバーが準備をしていないという状況は生じないはずです。
そうすると、理由➁も当てはまらないと考えることができます。
以上のような考え方が広まり、アンダーサーブに対して否定的な評価をする観客が少なくなってきたら、観客に対して失礼という理由➂も当てはまらないことになりますので、もはやアンダーサーブを禁じ手のように扱う必要はないのかもしれません。
しかし、現状では、アンダーサーブがスポーツマンシップに反するという意見も、いまだに根強く、アンダーサーブを打つことに対しては、多かれ少なかれ、観客からブーイングが浴びせられています。
アンダーサーブが、ラリー中のドロップショットと同等のものと認められるまでには、もうしばらく時間がかかりそうです。
ちなみに、ロジャー・フェデラーは、アンダーサーブを肯定する立場に立っています。
英語の記事ですが、ご興味のある方は、ご覧になってみてください⇩
https://www.atptour.com/en/news/federer-underhand-serve-kyrgios-dubai-2019-reaction
レシーブポジションを極端に後ろに取る相手への対策
なお、ナダルやティームのように、レシーブポジションを極端に後ろにする相手に対して取りうる対策は、もちろんアンダーサーブだけではありません。
例えば、ワイドの浅い所にスライスサーブやキックサーブを打てば、レシーブポジションを後ろに取っている相手は、レシーブが難しくなります。
また、レシーバーが後ろにいるということは、レシーブがサーバー側に返ってくるまでの時間も長くなるということですから、サービスダッシュが効果的になります。
アンダーサーブを使用しない多くの選手たちは、このような対策を取っているのです。
もちろん、アンダーサーブを使用する選手たちも、いつもアンダーサーブを打っているわけではなく、基本的には、このような対策を取っているということを忘れてはいけません。
まとめ
これまで否定的な見方をされることが多かったアンダーサーブですが、現代では、レシーブポジションを後ろに取る選手に対しての有効な戦術として見直されつつあります。
実は、私自身も、プロの選手がアンダーサーブを打つことに対しては、長い間、否定的な立場でした。
しかしながら、ナダルやティームのレシーブポジションを見ていると、「そりゃあ、アンダーサーブを打ちたくもなるよね」と思えてきて、戦術的に用いるアンダーサーブについては、問題がないと考えるようになりました。
ちなみに、私は、私が指導するジュニアの選手に対しては、アンダーサーブを打つことを禁止しています。
アンダーサーブの使用を許可すると、オーバーアームサーブの上達が遅れると考えているからです。
将来、彼らが、相手のレシーブポジションをバックフェンス際まで押し下げるほどのビッグサーバーになったあかつきには、アンダーサーブの使用を解禁してあげようと思っています。